まりや食堂の動き(2018年2月18日)

 月曜日の開店の希望がおじさん達からチラホラあるから、私としては都合をつけて月曜日を再開するにはどうするのが良いかを考え始めた。毎日は無理でも月に一回とか二回するのはどうかなーと考えている。問題は専従者との兼ね合いで、専従者に負担をかけないでするにはどうしても新しい半専従者が必要だ。月曜日フルタイムで責任を持ってしてくださる方が必要なのだ。その可能性が現在出てきてはいる。
 現在四日にしてから若干ボランティアがダブる日もあるので、そういったところも調整してもう少し開店を増やすことができるかどうかを考えている。
 月曜日休みにしているから、発想を変えて旗日を全部休みにするのではなくて、時折開店とするのはどうだろうかとも考えている。
 という具合に、いろいろと頭の体操をしている段階だ。

週4日の悩み(2018年2月2日)



まりやのシャッターの張り紙
 「いつから月曜日はやるの」と何人ものおじさんに聞かれる。窓口で会計をしている時の出来事だ。「ううん」と一瞬つまってから「すまないね、人手がなくて、当分できないと思います」と返事をするしかないのだ。もうずーとしないとまでは言い切れない気分なのだ。それはおじさん達の言葉の響きには、早く再開してもらいたい思いが感じられるからだ。
現実は人がいなくて、この“人”とはその日を切り盛りする人(当然有料)の事だが、その人がいなくて、一日潰したのだが、そんなおじさんの声を聞くと何とかしなくてはならないのかなと思ってしまう。まりや食堂は当てにされているのだ。
 対策として、時折祝日を営業しようと思う。その日臨時に切り盛りする人(有料)とボランティアが集まれば、私がその日を取り仕切ればできる。同様な方法で、たまには月曜日を開いてもよいだろう。
そんな風におじさんの事を気にかけているが、と言っても彼らも結構ドライだ。炊き出しとかち合えば客は半減し、生活保護費の支給日から数日はガラガラだし、なかなか難しい。おじさん達にも生活が懸かっているから、それぞれが考えて行動をしているのだろうと思う。だからまりや食堂も先ほど述べた考えを再考するとか、もっとアイデアを考えながら、無理をしないでまりや食堂がやれることをやっていくのが良いのだろう。その方が長持ちしそうだ。
 私たちの活動がいつまでできるかはわからないが、まりや食堂の全てが老人になりこの先どうなることやら。
 この資本主義社会の競争の厳しさをひしっと感じることがあった。それは最近まりや食堂から自転車で10数分の所に安売り大手のOKストアができたことだ。その場所は隅田川沿いなのだが白髭橋と言問橋の中ほどにある。この辺りは川沿いにマンションが立ち並んでいるから、スーパーにとっては良い場所だと感じていたが案の定できた。ただ、山谷の私たちが利用するスーパー島田屋の支店が、この新しいスーパーと近いから競争が厳しいなと感じている。島田屋も安いが新規の店は安売りが売りだから、この支店は倒産するかもしれない。私の住まい付近でもスーパーが幾つもできて、老舗のスーパーが倒産し、マンションになった。

 まりや食堂はこの先どうなるか。


まりやの通りから見たスカイツリー
戦艦のようなスーパーだ


いろはアーケイド街(2018年1月15日)

 いろはアーケイド街の両側に店があり、その中の通りを覆っているアーケイドがある。雨の日なども楽に買い物ができて重宝なのだ。夜はそこが野宿者の宿泊場所としてもってこいだった。雨は当たらないし、風も強くは吹かないし、そこで結構大勢の人が野宿していた。私がこのアーケイド街のビルの一部屋で伝道を始めた30年前にはすでにあった。
ここは今のまりや食堂から歩いて5分ほどの近さにある。こないだ(2018,01,13)いろは通りに行ったら、そのアーケイドが撤去されつつあったのには驚いた。この通りは700メーターほどあるが、すでに半分は撤去されていて、そこから空が見えた。
 わたしは何か時代の流れを感じてしまった。山谷は日雇い労働者の町だった。野宿者も多かった。多分日雇労働者と野宿者は関連していると思う。日雇いができなくなったり、日雇いの仕事がない時に一部の人たちが野宿者となり慣れ親しんだこのあたりで野宿をしていたのだろうと思う。いろは通りの商店街で日雇い労働者が日常の生活品の購入に沢山のお金を使っていた。そういった労働者と商店街の関係で街の人にも人情があり、いろいろなことから仕事ができなくなり、このいろは通りの商店の軒で野宿しても大概の商店は黙認していたのだろうと思う。そういった事情で今まで長く野宿者がこのアーケイド街を利用していたのだ。
 このいろは通りのアーケイド街は労働の需要と供給のたまり場の一つでもある。このあたりに出張などの仕事のスカウトに親方や手配師が来ているようだ。実際野宿している人からこの間出張に行ったなどと聞いたこともある。私もこの通りで夜親方らしき人の周りに10人ぐらい人が囲んで仕事の番割をしているのを見たことはある。
 大勢としては日雇い労働者の町が終わって老人の街、言い換えれば福祉の街になった今、そしてシャッター街となってさびれている今、アーケイドの維持費がかかるから撤去するのだと言っているらしいが、この大規模なアーケイドの撤去のほうが大変な費用が掛かると思う。街としてはそういった手間をかけて、いろは通りをきれいにしてさびれた街を再生するつもりでいるのだろう。そして撤去は、結果として野宿者を追い出すことになってしまう可能性はあると思う。
 ここで寝泊まりしている人もまりや食堂の弁当を買いに来る。雨の降らない日ならこの通りでも寝られるが、今後この街がどんな対応をとるかが心配だ。山谷の象徴のようないろはアーケイド街がなくなるとは、日雇い労働と野宿者の町としての山谷はもうなくなることを意味するのだろう。
 だが表面からこれらが消えても、日本の経済構造は日雇い労働者の別名短期労働者を必要としているし、いろいろな事情で仕事がなくて野宿せざるを得ない人たちもいるからまりや食堂の必要性は依然として続くだろう。

Sについて(2018年1月20日)

 卵焼弁当は略してSと伝票に書き、後ろの弁当を用意する人に「エスだよ」と声を掛ける。それで常連の連中は「エスをくれ」とか、「ダイエス(これは大盛りの事)をくれ」とか言う。互いにその方が口数が少なくて済む。知らない人が聞いたら、暗号を使って何しているのだろうと思うに違いない。初めて買う人はSが安いとビックリする。中には本当に助かると、先日仕事で手に入れた千円札を大切そうに出し、Sを注文する。いつもの人がSでなく、定食を注文。私が「おや」という顔していると、「今日は仕事に行った」ので自分にご褒美として定食を食べさせるのだそうだ。
 今記者が来ている。弁当の取材だ。大概取材は断るのだが、この新聞社には世話になっているので、取材を支えた。Sのおじさんに取材したいと言うので、手ぶらでは失礼だから大Sを3度お近づきのしるしに提供して無事に取材することができた。
 1月にカレンダーがたくさんきた。弁当出しのボランティアがおじさんに「カレンダーを上げますよ」と声かけると喜んでもらう人と、「俺には壁がないからいらないよ」と断る人などいろいろだ。
 Sの言われ。卵焼き弁当をどうしてSというか。それは次回のお楽しみに。
週4日のまりや(2018年1月11日)

 1月になり、いよいよまりや食堂は週4日だけ店を開いています。半専従者が都合でやめ、専従者は一人だけになり、週5日通して働くのは無理なので、贅沢ですが週4日にしました。どなたか週1回する人が現れたら再開です。
 週4日になれば、私は少し外回りをして山谷や浅草方面で野宿をしている人に乾パンなどを届けて少しは生活の足しにしていただけたら良いのかなと今考えています。
 今は炊き出しは月1回まりや食堂の販売窓口でささやかにしております。その延長ということで考えていますが、山谷やその周辺の野宿者の状態を学ぶためにも必要かなと考えています。
 冬場は炊き出しが増えたり、寒くてまりや食堂に足を運ばなかったりするためかお客さんはやや少ない状態です。野宿の人も寒くて大変だと思います。まりや食堂は毛布やホカロンを用意して必要な方には提供しています。こないだ毛布をくれと来た方は寒さ焼けとでもいうのか顔が赤黒く焼けていました。多分戸外で寝ているために、零度近い朝方の気温で顔が雪焼けのようになるのかなと思ったりしています。早く春が来てくれたらよいと思います。
金食う犬(2017年12月22日)


犬の世話にものすごく金をかける人の紹介をいつかテレビで見たことがある。着飾って、首輪は金でできていたりしている。
今ここで取り上げる「金食う犬」とはうちのワンちゃん勇太だ。この犬に沢山金をかけているわけではない。この犬はどういうわけかチリ紙が好きで道路であろうが家であろうがあれば食べちゃう。それがあろうことかお札を食べてしまったのだ。ただ被害は少なかった。
山谷の三階のホールのテーブルにお金を封筒に入れて置いていた。勇太はそのホールで夕方まで寝ているが、いつも夕方ぐらいからそわそわして落ち着かない。もう飽きてきたのだろう。それでリードの届く当たりのものをいたずらして、引っ張り出したり散らかしたりするので、危ないものにはフェンスを置いて守っている。まさかテーブルの上の封筒をいたずらするとは考えていなかった。
下の弁当屋がおしまいになって三階に上がってみたら、封筒が床に落ちていてかじられお札が一枚転がっていた。見ると端の方が欠けていた。破片もあった。まったくしょうがないワン公だ。
銀行に聞いたら半分ぐらいあれば交換してくれるというので、持って行った。銀行員はお札を見て、犬がかじったのねと笑っていた。余計な労力を使わせる犬だ。さて、猫もお札をかじるだろうか。
12月だ(2017年12月22日)

 間もなくクリスマスです。山谷のまりや食堂は2018年1月から週4回の弁当販売となります。その意味でこの12月は感慨深いものがあります。長らく週5回ペースでしていたのですが、専従として切り盛りする人が一人辞めて後釜がいないからです。私たちも年を取ってきたので週4回ペースもやむをえないと思っています。どなたかする人が出てくればまた5回にできると思います。
 私たちは弁当屋を長くやっていますが、私もボランティアも年を取ってしまいました。安い弁当で短時間ですから売り上げが沢山あるわけでなく、支援に支えられて日々をしているわけです。ですから作業者もほぼ全員がボランティアで専従者には少しばかりの給料を支払っているわけです。
先日買いに来た客が単品だけを注文するからお断りした。単品は30円なのでこれだけ買って酒のつまみにされても困るので弁当を買った方へのサービスとして販売しているのです。その人はその日のコンデションが良くなかったようで烈火のように怒った。「キリスト教が金とるのか。話している時に目を見ろよ、じじい(私のこと)は後ろにいろ、その口の利き方は客に言うことか」、成りは小さいのですが、烈火のようでした。少し怖かったですが、落ち着いてきたようなので「怒らせてすまなかったね」と謝り、彼は帰っていった。次の日は黙って買っていった。
 年末だ。いろいろありますね。クリスマスも近いです。スカイツリーの俳句を作りました。

これは皆さまへのプレゼントです
「スカイツリー巨大な燭花聖夜ミサ」