山頭火の心と酒 (2023年7月14日)

『山頭火』(村上護,春陽堂より)


無駄に無駄を重ねたやうな一生だった、それに酒をたえず注いで、そこから句が生まれたやうな一生だった、と日記に記す。


種田正一は山口県防府市に生まれる。明治15年だ。

種田家はそのあたりの豪農であった。11歳のとき母は自殺。父は家を顧みず、政治に打ち込み、家政は乱脈、女道楽も激しかった。母はノイローゼだったようだ。母の死の衝撃は彼の生涯を覆っていた。早稲田大学に入る。一年で退学。神経衰弱のゆえだ。家業がひっ迫して仕送りもとどこったらしい。大学に入ったのだから学業は優秀だったのだろう。

結婚、夫人のサキノはニョウボよりも酒と文学の方が好きだったと語る。文学、詩、俳句などに集中していた。

最初の不幸は母の自殺、第二の不幸は酒癖、第四の不幸は結婚そして父になったこととしるしている。子に対しては十分愛情を持っていた。

田畑家屋敷を売り払い、作った種田酒造場は破産し父竹次郎は夜逃げする。彼は妻子を伴い熊本に落ちてゆく。

雅楽多屋を開く。額縁、プロマイドなど売る雑貨屋だ。

弟自殺。これ以後酔っていることが多かった。


人生に悶々としていた。酒の隠れ場なくてはどうにもならない、と友人は言っていた。

酔後の虚無感は自殺すれすれのようだ。この境地にさきの夫人はどれほど悩まされたか。山頭火の泥酔の数々は挙げればきりがない(9~78頁参考)。


大正13年、ひどく酔って電車の前に仁王立ちになり、電車は急ブレーキをかけ無事だったが、急停車で横転した乗客は怒って山頭火に危害を加える雰囲気で、居合わせた顔見知りが引きずって禅寺の法恩寺に連れて行った。寺が気に入り読経座禅作務に励み、大正14年に出家得度した。43歳だった。肥後の片田舎の味取観音堂守となる。

奥さんとは法的には離婚していた。時に家に戻っていた。こうして堂守の生活になるのである。


山頭火の酒について『どうしやうもない私「わが山頭火伝」』(岩川隆、講談社)から紹介する。

歩かない日はさみしい 飲まない日はさみしい 作らない日はさみしい

酒のうまさを知ることは不幸でもあり幸福でもある

酒の飲み方

酒は味ふべきものだ。うまい酒を飲むべきだ。

焼酎を飲まないこと

冷酒をあおらないこと

適量として3合以上飲まないこと

落ち着いてしづかに温めた 良酒を小さな酒盃で飲むこと

微酔で止めて泥酔を避けること

気持ちの良い酒であること、

等自戒を繰り返すがうまくいかない


大学に行くがうつ病と神経衰弱にかかる。酒を飲む。どろどろの状態で眠り込み夜が明けると今度は酔態をさらしたことを恥ずかしく思い自分を責めた。退学。


家に帰る。ぶらぶら。うつ病、酒のみ。ぐうたら。文芸にのめりこむ。

酒で醜態。一人でいたい。結婚し、すぐに飲んだくれ、怠け者。

酒で苦しみを紛らわす。


親しむのは文学だけだ。文芸誌に参加。モーパッサンの一部を翻訳している。

「頭そのものは賢いのだ(菊地)」


日露戦争勝利し世は派手な暮らし向きでも、正一は毎日酔っ払い。

著者は山頭火と言わずに本名の正一と言っている。


俳句作りに安らぎを覚える。郷土で文藝などにも手を染めるのである。

正一は浴びるほど酒を飲んだ。悩みを生む主体となっている自分自身の存在、肉体を消し去るいきおいで前後不覚に酔っ払い、意識を失って道端に横たわる。

正一はどろどろした悲痛なものがつねに絶叫したたかっていた。ぐうたらでだらしない自分と、対極にある自分が一個の個体の中に同居している。この矛盾の中にいては死ぬしかない。うつ病神経衰弱が折に触れて正一を悩ます。

42,3歳と言えば大正の時代で晩年に近い齢である。アルコール依存症のうえうつ病をかかえた正一は身も心もぼろぼろとなり何をしているのか、何をしていいのかわからない、とにかく生きて飲んで酔っ払っているという状態のとき電車道に立ち進路を妨害してしまったのだ。

完全にアルコール依存症なのだ。山谷でもそういった人は幾人もいる。今も朝から飲んでいる人たちもいる。酒酒酒なのだ。朝から酔っぱらっている。覚めればまた飲む。まりや食堂の前でガタガタしたりする。飲み続け山谷の裏道で泥酔し寝ている。小便などは垂れ流した。非常に悲惨だ。


山谷がアルコール依存症の専売特許ではない。世間は家で飲むとかで顕在化しないだけだ。

最近読んだ本に父親がアルコール依存症になりその親と激しい戦いをした娘の本がある。少し紹介する『全部許せたらいいのに』の本に惹かれたのは、私にも許しの問題があったからだ。あと一つは山頭火の事、酒があったからだ。

この人は全部許せたらどんなに楽だろうかと嘆いている。許しは難しい。私の身の回りにもいくつもそういった事柄が転がっている。転がっているとはそういったことはきわめて日常的な事柄だからだ。許すとは受け入れることだ。私は私的にはほとんどを受け入れ、多少こちらが損しても受け止めることである程度心が休まっている頃ごろだ。

この本は千映と宇太郎の若夫婦の歩みを描いた小説だ。宇太郎は就職して人間が変わってしまう。毎日泥酔で帰ってくる。できの悪いサラリーマンで、下っ端だ、必死に仕事をして終われば同僚とメイいっぱい飲む、あるいは一人で仕事の重圧からの解放で泥酔まで飲む。千映は遅い時はメールをくれるように、三杯でやめるように、今日は飲まないようにとか、責めたり、圧力をかけたりする。千映の父親はアルコール依存症なのだ。宇太郎がそうなることを心配しての行動なのだ。千映は許して信じて優しくできたらよいのにできない自分がいるのだ。夫の弱さ、危なさを笑って受け入れられたら、宇太郎はゆったりして生活できたろう。私はお酒に苦しめられ、お酒で家庭が崩壊した私には無理。そういった葛藤の歩みがこの本だ。

山頭火にからめ千映の父のアルコールの所業の凄まじさを紹介する。

千映の両親は幸せだった。貧しい。質屋に行く。夫は組織は無理だ。食えたらよい、それで幸せだ。娘のために貯金だ。幸福だ。と幸せだらけだったが、父が会社員になる。仕事の重圧。いらいら、酒で解消,効かない、また飲む、といった生活で、酔いを長引かせたい。脳が明晰になるとよいことはない。考えずに済む。酒以外に気分が浮く手段は見つからない。ひたすら罪悪感や自己嫌悪や焦燥や倦怠を酒で流す。娘が用事があるのに酒を買わせようとする。拒否すればける、殴る。平日は酔っぱらって帰ってくる。些事から火が付けば執拗に絡まる、休日は朝からべろべろ。いつ爆発するかわからない緊張感。休日は狂気に感じる。さっきまで笑っていたのに突然怒り出す。

酒量と妄想が大きくなった。一番いやなのは暴力だ。父はわがままを通すために子に暴力、子供との約束を守らない。それを言うと暴力をふるう。

家を離れた。でも縛られている。母は一人では不安だ。罪悪感。

父離婚、一人アパート生活。多分年金で生活したのだろう。皆飲んでしまうから足らずに娘にせびる。父との距離をとって家庭を守る。時に罪悪感に襲われる。金せびる。罪悪感のため送る。適切な位置に身をおけるようになった。父から自立したのだ(菊地)。

父は祖母が訪ねて行ったときは腐敗していた。飲んだくれてどこかにぶっつけて出血し死に至ったようだ。アルコール依存症の終着駅だ。


正一は子供はかわいがったとある。実際子供は成人してから父に仕送りもしている。

正一もいつも酔っていたというが家庭内暴力はなかったのだろう。酔っぱらって路面電車を止めたのだから、結構激しくは飲んで酔っ払っていたのだろう。


山頭火の酒の句(石カンタ)

たまさかに飲む酒の音さみしかり

たまさかに飲む酒の音はさみしいからまた飲むのだ。さみしい酒の音がよけいわたしを誘うのだ。


酔えばあさましく酔わねばさびしく

はじめほろほろ次にぼろぼろ、気が付くと泥酔

山頭火は泥酔するまで飲んでしまうという。

酒飲めば涙ながるるおろかな秋ぞ

へうへうとして水を味ふ

酒は好き、水はもっと好き。水は命、酒は宝、

歩いて、くたびれて、てのひらに掬(すく)ういとまがない、笠をぬいで直接水に口をつけて、ごくごくと一気に飲む。

ほろほろ酔うて木の葉ふる

酒は適量に飲めば楽しい、飲みすぎるとさみしく、悲しい。

酔うてこほろぎと寝てゐたよ

しきりになくこほろぎの、声で眼がさめた。田の畔にごろんと寝転がっていた。夜空に星がまぶしかった。農家を托鉢して焼酎だ。なみなみもらい、しこたま酔ったのだ。

別れてきてさみしい濁酒があった

友と別れてまた一人旅さみしい。さみしくて途中で濁酒2,3杯ひっかける。ほろほろ酔うて、いつか泥酔。人生はこれだけだ。これだけでよろしい。

(これ読むとほんとに気楽な漂泊者のように感じる。菊地)


酒がやめられない木の芽草の芽

いろいろなことを起こして、もう酒は二度と飲むまい、そう決心しながら、次の日はもう酔いしれている。

暗い窓から太陽をさがす

とうとう留置場にぶちこまれた。まわりは壁ばかり、太陽が見えない。しこたま酒を浴びたのは覚えているが、あと、何が起こったのか思い出すことさえできない。気がつくと檻の中、暗い窓に太陽を求める(多分、無銭飲食で警察に突き出されたのだろう。もうへべれけで何も覚えていないのだ。菊地)


酒やめておだやかな雨

しぐれへ三日月へ酒買ひに行く

今日も三日月がめそめそ泣いている。冷たいしぐれ、三日月の中に酒買いに出る。例によって街を飲み歩き帰庵。

よい宿でどちらも山でまえは酒屋で

酔うていっしょに布団一枚

酔ひざめの春の霜  

友と庵で飲み、街に出てどろどろに酔いつぶれ、道ばたに寝ていた。もう朝だ、別れ霜が降りはじめている。

酔いざめの風のかなしく吹きぬける

一杯東西なし、二杯古今なし、三杯自他なし

 おもいでがそれからそれへ酒のこぼれて

ついに、生涯、俳句と酒から離れることができなかった。