7 針縫う (2020年2月29日)
いっぽ(犬の雄太のあだ名)は闘病中だ。私はその対応で悪戦苦闘している。最初は食欲がなくて困り果て、これでは死ぬなと思うほどだった。病院を変え、そこで良いお薬をいただいたせいか食べ始めた。ただお薬代がとても高い。まあ命には代えられえない。ただ薬が利尿剤の働きをして、更に膀胱の神経もやられているせいか、おしっこがほぼ二時間おきだ。それでもおもらしをする状態で常におむつをしている。うんちも踏ん張りがきかないので肛門に少し残っていたりするから、尾っぽを持ち上げ肛門を点検し拭く。一時拭きすぎて肛門の周りがただれた。その尻尾だがいつもピンと立っていたのに、癌のせいで股の間にくるまっているから、うんちのしぐさの時には尻尾を持ち上げてやる。
ある日、教会関係者から7歳の犬を誰か飼ってもらえないかという相談を受けた。唐突なようだが、その教会に私は呼ばれて話に行ったことがあり、私の飼い犬の話もしたことが縁になっていたのだ。飼い主はそのお姉さんだが、妹の宗吾(仮名)さんが窓口なのだ。その犬種は甲斐犬だ。私の心は動いた。今の犬はもう長くはないので、飼う選択肢はあるが、ただ私も年で、その犬が15歳のころは、私はよぼよぼで面倒を見れるかという危惧はあった。それが問題なのだ。
その犬が他所に行く理由もそこにあったのだ。主は年配で散歩のときに、急に引っ張られて頭を打ち、脳挫傷を生じ、それが原因で死亡したのだった。奥さんでは飼いきれないので里親を探すことになったのだ。
家内は絶対反対だ。それはわかる。今の甲斐犬は家内にはなかなか慣れなくて苦労したのだ。今は食事やちっこで苦労している。気をつけないと部屋でおもらしがある。二時間ごとに外に出てちっこをさせ、そこに水を撒く。玄関から素早く出ないと、そこでちっこをしてしまうのだ。癌で膀胱の神経がマヒしているのも、そういった現象を引き起こしているようだ。食欲がない時は、家内や私は肉などを素茹でして、ちぎってあげる。病院は混むし、車でしかいけないから陣取りのために早めに行き一時間は待つ。
こういった事情だから、無理なのは承知している。私は心で「飼いたいなー」と思うことによって、心を慰め、心でそのワンちゃんと遊んでいるのだ。一度見に行きたいと思っても、家内は情が移るから駄目だと宣言す。
里親を探すことにした。まずうちの犬病院に張り紙をお願いした。うまい具合に提供側と受け取り側のお見合いが成立した。ところが翌日になって、元の飼い主の姉の方に戻すことになった、と宗吾さんから電話があった。引き受けた側が返してきたのだ。私はその話にガクッときた。引き受けて、翌日に返すとはあまりに勝手な振る舞いだからだ。
まあ危惧がないわけではなかった。なぜならその犬は成犬の甲斐犬だからだ。病院の張り紙でまりや食堂へ来た人は、今まで何匹も飼ったようで手馴れた様子だった。一緒に来た娘さん(おばさんだが)は「かわいい犬だった」、と張り紙を見た感想だが、私はその写真のワンちゃんの顔を見て、とても気性の強い甲斐犬という印象を受けていた。私は山本(仮名)さんに甲斐犬は基本的に気性が荒く、私や家内も何回も噛まれたことを話したが、意に介さないようだった。
引き取ったその夜、家族が集まりわいわいしていた時に、突如犬が飛び上がり、娘さんの腕に噛みついたのだ。救急車で病院に。7針ほど縫う傷だった。その事件で奥さんは飼うことを断固拒否したのだった。その気持ちはわかる。だがその甲斐犬は悪くはないのだ。私の場合でも、何気なくそばを通っただけで噛みつかれ、非常に立腹したことがある。家内などは幾度も噛まれて用心した。それが甲斐犬なのだ。甲斐犬は野生に近い犬種だから警戒心が強いし、人に慣れないのだ。
その主にはなついたようだが、他とはうまくいかなかったようだ。それがまた甲斐犬なのだ。主と認めた一人しか慣れないのだ。我が家でも娘が孫を連れてきた場合でも、常に私は警戒している。いつ何時彼女らに噛みつくかもしれないからだ。いつぞや孫が手を出したら噛みつかれ、指から血を流してしまった。山谷ではボランテアが何人も噛みつかれ、あるボランテアは乳のあたりをぱくりやられたこともあった。いっぽは今、老犬、癌で弱っている。これでもやはり甲斐犬だ。家内が不用意に手を出すものならガッと噛みつこうとする気性は弱らないのだ。
この甲斐犬の飼い主を探してほしいと再び電話があり、とある里親団体を紹介することにした。まりや食堂の半専従者が飼った犬は、その団体の斡旋で手に入れたからだ。残念ながらそこは里親を探すだけで、飼えない犬を引き受ける団体ではないようだ。そこで、東京都動物愛護相談センターを紹介した。甲斐犬を理解する良い飼手が見つかることを願うのみだ。
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