山谷の周辺
浄閑寺はまりや食堂から歩いて10分ぐらいのところにあり、地下鉄三ノ輪駅近くだ。
そこは別名投げ込み寺と言われる。安政2年(1855年)の大地震で死亡した身寄りのない多くの遊女が、大きな穴に投げ込み同然に葬られたことに由来する。吉原はその寺から歩いて十分ぐらいのところにあり、今も男たちの遊蕩の街となって、夜は華やかなネオンが灯る。
その寺には、そのような幸薄い女性を供養する納骨堂が建てられ、屋根には新吉原供養塔とあり、その下のお堂には骨壺が何百も安置されている。いつ頃のお骨かはわからない。なぜか収められている壁には格子のある窓があり、中の骨壺が見えるようになっている。なぜそうしたのかは私にはわからない。
供養塔 窓から見えるお骨 |